東京女子大学 人文学科 英語文学文化専攻

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楠明子先生(東京女子大学名誉教授)による事前講義

ITCL公演 The Merchant of Venice

International Theatre Company London (ITCL)による公演The Merchant of Veniceが5月28日に東京女子大学で開催されます。
学生編集部は、この公演とその関連行事を多角的に取材することになりました。
まずは、5月6日に行われた楠明子先生(本学名誉教授)による事前講義を受講した3年生部員の感想です。

→楠先生の講義のビデオを視聴したい学生は、英文専攻オフィスに申し出てください。視聴方法を教えてもらえます。

 初めて『ヴェニスの商人』の文献を読んだとき、Antonioは善の象徴でShylockは悪の象徴だと感じましたが、この物語はそう単純ではありませんでした。
 今日の講義を受けてみて、Antonioを主役にするとShylockが無慈悲な悪人になり、Shylockが主役になるとAntonioがユダヤ人差別をするとんでもない人物になる、というように、『ヴェニスの商人』は見方を変えることで、結末も全く異なるものになる複雑な物語であり「問題作」の分野に振り分けられることも納得しました。
 最後はハッピーエンドのように描かれていますが、本当に幸せになれた人はいるのか、もしいるとしたら誰なのかということが個人的な疑問として残りました。
 シェークスピアはあまり勉強していないので、今回の特別講義はとても貴重な機会でした。
 楠先生、ありがとうございました。

(春日井有希)

 キリスト教のmercyに対する考え方というのは私は初めてで、興味深かったです。
 裁判官はshylockに「mercy程、価値のある物はない。これによって両方が幸せになれる。正義を和らげてはどうか?」と言うわりに、いざAntonioが勝利すると、金を奪い改宗までさせてしまいます。Shylockは、幸せどころか、げっそりしていました。mercyの重要性を訴えておきながら、ユダヤ人に対する判決の下し方はmercyに欠けると思います。私は「mercyとはキリスト教徒にとって都合が良いもの」と考えました。冷酷なShylockを作ったのも、キリスト教徒のユダヤ人迫害という無慈悲な行為からだと思います。一見、結末はハッピーエンドに見えますが、それはキリスト教徒にとってのもの。その裏には、排他的なキリスト教、ユダヤ人に対する無慈悲が潜んでいると考えました。
 mercyのambiguity...。何をもってmercyというのか...。その言葉の辞書的な意味以外にも、また違った意味が含まれているのかもしれません...。言葉の裏に隠された意味を読み解くのも文学の醍醐味だなと気付かされました。

(渡辺理沙)

 The Merchant of Veniceは喜劇か悲劇か。
 花婿を見た目で選び、何事もお金で解決しようとする金持ちの女が、ユダヤ人の悪役を倒し、安っぽい言葉を並べ立ててばかりのろくでなしの男と無事結ばれ、めでたしめでたし…はたして、これが本当にめでたいのだろうか。
 今回の楠先生の講義で、宗教や人種の違いによって、さらには個々人によって、この話は喜劇にも悲劇にもなり得ること、つまり、解釈の多様性があることを学んだ。
 シャイロックを中心に物語を読むと、キリスト教徒に蔑まれ、金を奪われ、改宗までさせられ——これは間違いなく悲劇に思える。
 アントーニオはどうだろうか。アントーニオはバサーニオに恋愛感情を抱いているのではないか、と思いながら読むと、悲しい失恋物語のようにも思えてくる。
 一体誰に焦点を当てれば喜劇になるのだろうか。アントーニオの最初の台詞もポーシャの最初の台詞も憂鬱さを感じさせること、ロレンゾーとジェシカの「こんな夜」くらべに悲劇ばかりが登場することなどから、The Merchant of Veniceはもっともっと奥が深いのではないかと考えさせられた。
 5月28日の公演が楽しみになる講義だった。

(三谷真由)

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